ブランド品や宝飾品、高額の雑貨などを販売する小売チェーン企業の商品管理部署の方、「定番売れ筋商品の欠品を防ぎ機会損失を減らしたい」と思っていますよね。
私が実際に顧客企業で実施し、在庫の欠品と過剰を大幅に減らし、売上アップに大きな効果があった方法を簡単に説明します。
当案件の前提条件
- アクセサリー類の小売チェーン企業
- 発注から販売開始まで約3ヵ月かかる(図1)
- 定番商品(2000SKU)を対象とする
- 定番商品は高額品であり大量に売れるわけではない
図1:発注から販売までのリードタイム
自動化する以前の課題
発注業務開始から発注期限までの1週間程度しか時間がありませんが、資料作成に工数がかかり、その後検討する工数があまりありません。
また大量のデータをExcelで処理するため、ミスも多く発生していました。
担当者のExcelスキルにも依存するため、業務の属人化も課題でした。
解決策
4ヶ月先までの売上予測を商品別に高い精度で導き出すのは不可能です。
商品が売れるのには様々な条件があり、そのほとんどはデータとして取れないからです。ここが実店舗とECの大きな差です。
そのため、少ないデータから「大きくは間違っていない発注数」をすばやく算出し、あとは担当者がじっくりと検討できる時間をとった方がよいと考えます。
私が作った「大きくは間違っていない発注数を算出する」ロジックは以下の通りです。
(1)予測期間の売上数量を算出する
- 需要変動が少なく過去の実績が信用できるグループに分ける
- 1のグループ別に前年実績と直近実績から変動した比率で売上予測数を算出する(図2参照)
- 2の売上予測数を商品別に直近3ヵ月の売上構成比で割り振る
図2:予測する期間の売上数量予測ロジック
(2)発注数を算出する
「基準在庫数」「現在庫数」「発注残数」と(1)で算出した「予測期間の売上数量」をもとに「発注数」を算出します。以下の条件の場合を説明します。
- 基準在庫数・・・5個
- 現在庫数・・・5個
- 発注残数・・・2個
- 予測期間の売上数量・・・4個
考え方は「4ヵ月後の最終日に基準在庫数(5個)を満たす在庫数があるようにする」ということです。
A)発注しなかった場合の4ヶ月後の在庫数は? 3個(図3を参照)
B)4ヶ月後の最終日に基準在庫数(5個)を満たす在庫数があるようにするには? 5-3=2
答え:2個発注すればいい
このロジックで全ての商品別発注数を算出したのち、発注予算や最低発注ロット数を加味して最終的に発注数を決めることになります。
図3:在庫数の推移
ロジックの理論背景
ベストセラー「ザ・ゴール」の小売業版である「ザ・クリスタルボール」の中での理論を、私なりに理解したことがもとになっています。
「ザ・ゴール」で発表された理論「Theory of Constraints」(TOC:制約理論)では、ボトルネックという1点に集中することが、全体最適化を実現し、最小の努力で最大の効果をもたらす方法であるとされています。
「ザ・クリスタルボール」では、「未来を正確に告げてくれるクリスタルボールはない(つまり、需要予測は不可能である)」としたうえで以下の考えを示しています。
- 小売業のボトルネックは「定番商品が欠品していること」にある
- 予測するなら、なるべくデータが多く集まっていて統計的に利用価値のあるデータを使うこと
「この理論が正しく作用する」という仮説のもとに実行しました。
1年間実施した結果
まず、「現在の在庫数が基準在庫を満たしていない」という問題があります。そのため、約半年間は基準在庫を満たすために費やされます。基準在庫を満たしたうえでの売上数を取得できるようになると予測の精度が上がってきますので、さらに欠品率が減少します。
20%台後半だった欠品率が、1年後には8%まで下がり、在庫金額も大幅に下がりました。同時に売上も上がりました。
定番商品の欠品が大幅に減ったことが、売上を上げる効果があったことを正確に裏付けるデータはないのですが、以下の2点から客観的に考えて効果があったと考えます。
- 全体売上に占める定番商品の売上構成比が約20%(40%前後→60%前後)上がった
- 店舗から「人気のある定番商品の欠品が減って売上が上がった」という声が寄せられた
この取り組みを始めて、2018年12月現在で2年以上たっていますが、今だに効果は持続しています。このことからロジックの仮説は正しかったと考えています。
ただし、1年目から改善はしていません。これ以上の効果を出すには人件費や発注数算出システムの改修などのコストをかけていかなければいけないでしょう。そのコストに見合う効果が得られるかは疑問です。
余談
半年前、ある超有名大手企業(仮にS社とします)が「AIを使った事例を作りたいので、無料でPOCを1件やらせてください」と言ってきました。そこで、経営陣が「この発注数算出システムより高い精度で発注ができるようになるのか試してみよう」と考え、POC案件として取り組むよう担当者に指示しました。
私はこの件にタッチしていませんでしたが、担当者はS社に必要なデータを大量に渡したり、質問に答えたりしながらPOCを進めていたようです。
しかし、それから半年後、S社から経営陣にPOC断念が伝えられたのです。「POCを行うのに3,500万円かかる」というのが断念の理由です。この金額をかけてもできるのはPOCだけです。有効な結果が得られるかどうかは保証されていません。
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